仏教の性格論では性格は36種類に分類されている。
柱になる6つの基本性格として以下のものがある。
1.raga carita ラーガ チャリタ 欲型
2.dosa carita ドーサ チャリタ 怒り型
3.moha carita モーハ チャリタ 無知型
4.saddha carita サッダー チャリタ 信仰型
5.vitakka carita ヴィタッカ チャリタ 論理型
6.buddhi carita ブッティ チャリタ 知識型
これら6基本性格が2回組み合わせられて36種類の分類となる(例えば欲型ー怒り型、無知型ー信仰型、など)。
仏教の性格分析は、悟りを目指す仏教修行において指導者が修行者の性格に合わせた指導をするために行われるものである。無常故に性格は変わるものであり、捉え難く、正確な判断は釈尊その人にしかできず、後の人々は釈尊の教えを参考に推論するという立場を取る。
心理学の性格理論との比較
心理学の性格分析には類型論と特性論がある。類型論は人の性格をいくつかのタイプに分ける理論である。特性論は性格をいくつかの構成要素(=性格特性)に分解して理解する理論である。
この枠組で言えば、仏教の性格分析は類型論である。統計学的にはクラスター分析である。
クラスター分析には適切なクラスター数の設定の問題、実際には無数に存在する別個の観察対象を有限個のクラスターにむりやりあてはめるがゆえの情報欠落の問題などがある。
仏教においては6つ(あるいは36)のクラスターを設定したわけだが、これは仏教修行という目的からして何らかの合理性があるのだろう。貪瞋痴に上記性格1~3が対応し、それをある程度克服した状態として性格4~6が対応付けられているように見える。6性格を2回組みあわせたのは主となる性格、副となる性格などを想定しているのかもしれない。
クラスター分析に伴う情報欠落の制約は原理的に克服不可能である。従って仏道指導の実際においては、36に分類したものは参考にするにとどめ、個々人の特徴を見極めるのであろう。
性格は変わる、変えられる、というのは仏教の無常観に基づくものであるし、性格を善く変えることはそもそもの仏教の存在意義でもあろう。性格を固定したものとみなさず変動するものと考えるのは心理学ではモード性格に該当する。現在では科学的な実証に基づいて性格は変動するということが支持されている。これは心理学の世界では最近になってようやく到達しえたコンセンサスであるが、無常という世界認識に基づけば初めから明らかな結論であったともいえよう。
ある程度変わらない一貫したパターンが想定されるからこそ性格論というのは生じるわけだが、時間を超えて性格が全く変わらないとしたら、それこそ驚くべきことである。物理的に不可能であろう。性格はゆっくりと変化するから、短い時間枠で見れば変わっていないように見えるだけである。
参考文献
コメント