生活保護患者さんへの医療というのは、お金について、人生の本当の価値について、私たちに気づきのチャンスを与えてくれていると思います。
通常の経済活動ではお金と何かを交換することがルールです。
お金なしではご飯も食べられませんし、住む家も、着る服も手に入りません。
要するに生きていけません。
ですから私たちはお金に対して色々な考えを抱きます。
例えば、お金がなかったらどうなってしまうのだろうかという不安。
お金さえあれば、こうできるのに、こんなことしなくて済むのにという苦しみ。
そうこうするうちに、お金は強迫観念のように、私たちの心の中で存在感を増していきます。
いつの間にか、お金というメガネをかけさせられていることに気づかず、もはやそれなしに世界を観ることが難しくなっています。
しかし生活保護患者さんへの医療行為はこのメガネに気づくよい機会です。
なぜならお金との交換という観点からは、生活保護患者さんへの医療は全く意味をなさない行為だからです。
お金の交換としては全く成り立たっていないのに、なぜ生活保護患者さんへの医療行為に意味があるのだろう?
そう考えると本来、医療を含め私たちがなすことは、お金に換算できない交換であることに目が開けてきます。
ただそこに困っている人がいるから助ける、ただそのことがうれしい、本当はそれだけのことなのだ、ということが観えて来ます。
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