『安楽死で死なせて下さい』

第3章 人間の尊厳とはなんだろう

「病気やケガを治したり、命を救うことは、医療の大切な使命です。しかし今の医療は、「生かす」ことしか考えていないように思えます。「幸せに死なせる」とか「上手に死なせる」ことも、医療の役目ではないでしょうか。」(p.104)

「日本尊厳死協会という団体も、1976年からあります。小泉純一郎元総理が入会したことでも話題になり、最近は漫画家の蛭子能収さんが会員になったそうです。80%が65歳以上だそうですが、会員は11万人を超えているとか。男女比を見ると、女性が男性の2倍というところが面白い。」(p.105)

「日本尊厳死協会は、「リビング・ウィルー終末期医療における事前指示書」に署名しておき、医療機関に提示することを勧めています。その内容は、以下の通りです。
〔この指示書は、私の精神が健全な状態にある時に私自身の考えて書いたものであります。したがって、私の精神が健全な状態にある時に私自身が破棄するか、または撤回する旨の文書を作成しない限り有効であります。私の傷病が、現代の医学では不治の状態であり、既に死が迫っていると診断された場合には、ただ単に死期を引き延ばすためだけの延命措置はお断りいたします。ただしこの場合、私の苦痛を和らげるためには、麻薬などの適切な使用により十分な緩和医療を行って下さい。私が回復不能な遷延性意識障害(持続的植物状態)に陥った時は生命維持装置を取りやめてください。以上、私の要望を忠実に果たしてくださった方々に深く感謝申し上げるとともに、その方々が私の要望に従って下さった行為一切の責任は私自身にあることを付記いたします。〕」(pp.105-106)

第4章 私は安楽死で逝きたい

「安楽死は日本では認められていませんが、世界では、スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクのヨーロッパ各国のほか、アメリカのニューメキシコ、カリフォルニア、ワシントン、オレゴン、モンタナ、バーモントの6つの州で合法です。
一方で尊厳死は、アメリカの全ての州、イギリスやドイツを含むヨーロッパの多くの国、オーストラリアの一部の国、アジアでも台湾、シンガポール、タイなどで認められています。医療が充実していて、平均寿命が延びた国ばかりですが、これらの国の大半には「尊厳死法」があります。
日本では、尊厳死は認められているものの、右の国々と違って法律がありません。安楽死どころか、その手間の尊厳死を規定する法律さえないのです。
2012年に、超党派の国会議員連盟によって「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)が提示されたことはありましたが、成立には至っていません。難病患者の支援団体や障害者団体などから、「医療の提供を受けなければ生きられない社会的弱者に、死の自己決定を迫る危険性がある」という反対意見が出されたためだと言われます。」(pp.127-128)

「法律がない代わりに尊厳死の指針となっているのは、厚生労働省が2007年に発表した『終末期医療の決定のプロセスに関するガイドライン』です。2015年には、『人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン』と改訂されました。といっても、「終末期医療」という言葉が「人生の最終段階のおける医療」に置き換えらただけで、中身は同じ。お役所としては、尊厳に留意したといいたいのかもしれませんね。でも内容はなかなか興味深いので、最初のところだけ引用してみます。
〔1.人生の最終段階における医療及びケアの在り方
①医師などの医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされ、それに基いて患者が医療従事者と話し合いを行い、患者本人による決定を基本としたうえで、人生の最終段階における医療を進めることが最も重要な原則である。

②人生の最終高における医療における医療行為の開始・不開始、医療内容の変更、医療行為の中止等は、多専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチームによって、医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきである。

③医療・ケアチームにより可能な限り疼痛やその他の不快な症状を十分に緩和し、患者・家族の精神的・社会的な援助も含めた総合的な医療及びケアを行うことが必要である。

④生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死は、本ガイドラインでは対象としない。〕」(pp.129-130)

外国人の安楽死(厳密には自殺幇助)をしてくれる団体はスイスの「ディグニタス」のみ。
「「ディグニタス」で安楽死させてもらうには、もちろん条件があります。希望者が提出した医療記録を医師が審査し、治る見込みのない病気で耐え難い苦痛を伴うなどの要件が満たされ、スイスの裁判所が認めた場合に限られます。死亡後には、警察の検死もあります。費用は、入会金200スイスフラン(約2万3千円)、年会費80スイスフラン(約9300円)、準備段階で3000スイスフラン(約35万円)、実際の手続きに同じく3000スイスフランの合せて約73万円です。安楽死が認められないドイツやフランスからたくさんの人が押し寄せていて、「ツーリズム・オブ・デス」という呼び名があるほど。「ディグニタス」を利用する外国人は2013年が197人で、この年まで日本人が利用した例はないそうです。スイスには安楽死を行っている団体が6つあって、以前は末期がんや激しい痛みを伴う難病の人に限って安楽死を認めていたのが、最近は申告ではない人も受け入れているそうです。その理由には、「本人が決めたことに関しては、できるだけ認めるべきだ」という世界的な自己決定尊重の流れがあるとのこと。」(pp.134-135)

「『文藝春秋』2014年11月号に、桜井勉さん(銀座新聞ニュース編集局長)という方の書いた記事「スイス『自殺幇助NGO』死の手助けの現場」が載っています。スイスで一番古い「エグジット」という自殺ほう助団体の副会長が、櫻井さんのインタビューに答えています。その中で、アルツハイマー型の認知症にかかっている希望者について、〔初期の段階であれば、会員本人のLW(リビング・ウィル)を尊重して自殺幇助を行えますが、進行しすぎていると、自殺幇助を希望しても「遅すぎる」のです。(中略)死期を早めることはしたくはないですが、決断が遅すぎるケースも有る。最期の日まで本人の判断能力があることが条件になりますから。だからアルツハイマーに罹っている会員には、コンタクトの回数を増やしていき、会員が最期の日を決められる機会を逃さないように注意を払っています〕と語っています。エグジットではある、アルツハイマー型認知症の会員で安楽死に至る人はとても少ないそうです。」(pp.136-137)

◆東海大学安楽死事件(1991/04)
日本で安楽死の法的な正当性が争われた唯一の裁判
①「医師が治療行為を中止する要件について」
1.患者が治癒不可能な病気に冒され、回復の見込みがなく死が避けられない末期状態にあることが、まず必要である。
2.治療行為の中止を求める患者の意思表示が存在し、それは治療行為の中止を行う時点で存在することが必要である。
3.治療行為の中止の対象となる措置は、薬物投与、化学療法、人工透析、人工呼吸器、輸血、栄養・水分補給など、疾病を治療するための治療措置及び対症療法である治療措置、さらには生命維持のための治療措置など、すべてが対象になってよいと考えられる。
患者の意思表示が原則だとされていますが、それが無理な場合は〔家族の意思表示から患者の意思表示を推定することが許される〕としています。sのため家族に対して、〔患者の性格、価値観、人生観等について十分に知り、その意志を適確に推定しうる立場にあることが必要であり、さらに患者自身が意思表示をする場合と同様、患者の病状、治療内容、予後等について、十分な情報を正確な認識を持っていること〕を求めています。

②「医師の行う積極的安楽死が法的に認められる要件」
〔現代医療をめぐる諸問題の中で、生命の質を問い、あるいは自然死、人間らしい尊厳ある死を求める意見が出され、生命及び死に対する国民一般の認識も変化しつつあり、安楽死に関しても新思潮が生れるようにもうかがわれるのであって、こうした生命及び死に対する国民の認識の変化あるいは将来の状況を見通しつつ、確立された不変なものとして安楽死の一般的許容要件を示すことは、困難なところといわねばならない〕と前置きして、次の4つの要件を示しました。

1.患者が耐え難い肉体的苦痛に苦しんでいること、
2.患者は死が避けられず、その死期が迫っていること
3.患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くしほかに代替手段がないこと
4.生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること

[安楽死の対象となるのは、現段階においてはやはり症状として現れている肉体的苦痛に限られる]

第5章 死に方を選べる社会を

医療が発達していない時代には、病気を治すことは困難だったことでしょう。お医者さまの仕事は、亡くなる人を上手に看取るなど、死と向き合うことの比重が大きかったように思えます。(p.149)

病気を診るより、患者の心をみることが大切なのに、そういう先生が少ない。最期を看取ってもらうためには、在宅医療で信頼できる先生に巡り会いたいと思っているのですが、なかなかいないものです。(p.150)

在宅で高齢者の看取りを手掛けるとなれば、医師としてのキャリアはもちろん、人間としての経験や質までが問われます。死と向き合い、看取ることを専門にするお医者さまを特別に養成する必要があると思います。(p.154)

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