皮膚という戦場

クローバーの社

「主要外皮用剤一覧」という資料がある。
皮膚科でよく使用される軟膏を写真付きでまとめたものだ。

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(ライフサイエンス出版株式会社『主要外皮用剤一覧』より転載)

主に診察室の壁などに貼って、患者さんと薬の話をする手助けに使う。
軟膏にはたくさんの種類があり、自分が何を使っているのか覚えきれない患者さんも少なくないので、こうした写真付きの資料は助かるというわけだ。

さて、この「主要外皮用剤一覧」にのっている薬は全て、炎症を抑えることを目的としたものである。
ここからわかるのは、皮膚科の病気の多くは炎症だ、という事実である。
(ちなみに病気のカテゴリーとして「炎症」と双璧をなすのは「腫瘍(がん)」である。)

炎症とは何か、ということだが、イメージ的に言えばこれは「戦争」である。
体にバイキンやウィルスなどの外敵が侵入した場合に、これを撃退すべく起こされる戦争である。
いわば自国防衛のための戦争であり、今風に言えば個別的自衛権の行使である。

さて戦争が起きれば、銃撃、爆撃などが行われ戦場は炎上するだろう。
これと同様、炎症を起こす体の中でも激しい反応が起こる。
その結果「赤くなる」「熱くなる」「腫れる」「痛む」のおなじみの4つの症状がでる。
これは炎症の4徴と呼ばれるが、紀元前の医者が太古の昔から知られていたと言っているらしい。

皮膚科の薬のほとんどが炎症を抑える薬であるということは、皮膚には炎症が起こりやすいということに他ならない。
なぜなのか。
皮膚はそもそも、自分と外界の壁・境界である。
国で言えば国境地帯だ。
そこで紛争が起こりやすいのは当然であり宿命なのである。

そういうわけで皮膚は紛争地帯のように今日も炎上の危険にさらされている。
炎上すると「赤くなる」「熱くなる」「腫れる」「痛む」の症状がつらいので、薬の出番となる。

しかし、戦争というのはそもそも排除すべき外敵がいたから起きたのであり、いくら戦時中が悲惨だからと言って、外敵を排除もせずにやめるわけにもいかない。
これは炎症にもそのままあてはまり、炎症を抑える薬の最大の副作用は、バイキンやウィルスなどへの抵抗力が落ちてしまうことである。
そうなると外敵の侵入をゆるし、事態は泥沼化する。

それではなぜ炎症を抑える薬など使うのか、そのままじっと耐えているべきでないかという考えもあろだろう。
ここが人間の難しいところで、まず必要な炎症ではあるのだが、反応が過剰すぎるという場合がある。
いわば過剰防衛であるが、これを程々の反撃に抑えてやることで、結果的に効率的に事態を収束させられることが少なくないのである。
「目には目を、歯には歯を」という言葉があるが、本来の意味はやられたら1倍返しをしろということではなく、1倍以上は仕返ししてはいけないという禁止であったという。
人は心において過剰に復讐しやすい傾向があるが、体においてもその傾向があるのだろう。

もう1つは、攻撃の必要のないものを誤って敵だと認識して攻撃してしまうことがある。
これは悲劇というか全くの無駄骨であるが、残念ながら大変よく起きることでもある。
皮膚科のアトピーの他、花粉症、喘息その他、アレルギーというのがこれである。
あまりに頻繁に起きるので、病院にはこれを専門とするアレルギー科というのまで用意されている。

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